FC2ブログ

2019-10

どこまで必要か

本題の前に。
前回ネーミングについてのブログ、もしその違和感ありまくる名前が
物語の重要な伏線だったり理由があってのその名前なら、
途中で読むのをやめたのは申し訳なかったなと(;´Д`)
でも読んだ限りそういう伏線を匂わせる描写がなかったので、
やっぱ癖かな?
あともう一つ、クセが強すぎるネーミングもあれだけど、
架空世界が舞台のファンタジーで、現代風の標準的な名前が使われているのも
物語に入り込めなくなるかな(日本人の高校生とかが異世界に飛ばされるやつはいいとしてw)
または、同名の有名人がいて、その人のイメージでしかその名前を
認識できないとかw
時代も何もカブってないのにキャラの名前が「さいごうさん」とかだと
幕末の西郷さんしか出てこないみたいな・・・w
何にしても個人の感想です(笑)あとわたし、自分で思う以上に
ネーミングに執着あるみたいねw

さて本題。
先日、大変過酷な、残酷描写満載のお話を読んで思ったことをつらつらと。
ざっくり言うと「ここまでやってしまう残酷な人間」の描写と、
「それを決して容認しない」というお話ではあったのですが。
(決して暴力礼賛だったり興味本位や遊び半分にふざけて描かれてはないです、
どこまでも真摯に向き合われた結果そのように表現するしかなかったというのが
作者さんの答え)
ん~~、しかし…
どうしても取り上げられるのはその残酷表現そのものの方で、
そうなるとどこまでの描写が必要なんだろうって。
そして人間の残虐性、暴力には上限がないんだな、って。
同じ生き物なのがしんどくなるような・・・

負の面をいやっていうほど見せられると、自分がいざそういう題材を扱う時に
さてどうしようと迷いが出てしまいました。(すぐ引きずられる~
「ここまで描かないと残酷さを表現できない」みたいなある意味での表現の縛り、
もしんどいし、
あ、例えば「この世界の片隅に」で最後の残酷描写がなかったら
あのやさしいタッチの絵とあいまって自分の中でやさしくふんわり終わっていたと思うですよ。
そしてそのうち忘れたかもしれない。
でも最後のあれがあることでふんわり終わらずに心にぐさっと
刺さって終わったと思うし。絵そのもののインパクトもだし、
えがかれた内容が忘れられない内容だったということか。
となると見せ方とか内容そのものの問題かぁ~。

ああシリメツ(;´・ω・)
でももしかしたら描写をどうするかってのは枝葉の問題で、
扱うテーマに対してどんな心持で臨むのかっていう
姿勢が大事なのかなぁ。



スポンサーサイト



プロット大詰め «  | BLOG TOP |  » ワガママな読者(私のことです)

リンク

このブログをリンクに追加する

プロフィール

アリカ

Author:アリカ

最近の記事

月別アーカイブ

ブログ内検索